週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

平安朝絵巻 きらびやか 五島美術館

 平安朝の京都。いまから1000年ほど前の寛弘5年(1008)9月11日、左大臣藤原道長の 土御門(つちみかど) 邸にお里帰りしていた中宮 彰子(しょうしv に皇子が誕生する。 敦成(あつひら) 親王(のちの後一条天皇)である。

 権勢の頂点に立った道長の土御門邸には、宮中の女房たちにも部屋が与えられ、御所と同じように中宮にお仕えしている。そのなかに『源氏物語』の作者、紫式部もいた。当時の華やかな貴族たちの日常を冷静な目で活写したのが『紫式部日記』である。

 紫式部は、父の藤原為時が式部省(公的儀礼の担当)の役人だったため、 藤式部 ( とうしきぶ と呼ばれていた。夫と死別したあとに書き始めた『源氏物語』が上流社会で大ヒットし、道長が中宮彰子の女房に引き抜いている。このころ、式部は30代後半であった。

 『紫式部日記』のなかに有名な一節がある。式部の 御簾(みす) の近くで一杯機嫌の貴族が問いかける。「このあたりに若紫の姫君はいませんか」。むろん『源氏』のなかのヒロイン紫の上を指している。だから式部はちょっと取り澄まして「そんなに若い方はいませんから、ご返事できませんわ」。このエピソードから、その呼び名が藤式部から紫式部へ変わった経過がよくわかる。

 東急大井町線の上野毛駅近くに五島美術館(世田谷区上野毛3-9-25)がある。東急電鉄の創業者、 五島(ごとう) 慶太(けいた) が蒐集した東洋の古美術の珍品を展示しているが、とくに平安末・鎌倉期の作という国宝『源氏物語絵巻』『紫式部日記絵巻』の所蔵で知られている。 吹抜(ふきぬけ) 屋台(やたい) と呼ばれる天井を省いた独特の画法で、平安朝のきらびやかな室内が描かれ、 ()唐衣(からぎぬ)(いわゆる 十二単(じゅうにひとえ) )の女房装束や (かんむり)直衣(のうし)の貴公子が哀歓を伝える。

 また、緑と泉の涌き出る自然を残した庭園もここの魅力になっている。

(掲載号:11月13日号)