週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

鷺草を 偲ばせる 常盤塚

 東急世田谷線は交差点で信号待ちをする。三軒茶屋駅を出て2つ目の若林駅の手前で環7(環状7号線)と交差するが、赤信号で電車はストップ、自動車の長い列をやり過ごす。譲り合いの心が衰えた当節にはちょっと嬉しいおおらかさである。
 若林駅で降りて環7通りを南へ5分も歩くと、世田谷通りと交差する若林交差点がある。この近くに、世田谷の伝説の美女、常盤姫を弔う常盤塚(世田谷区上馬)がある。

 常盤塚の由来は『江戸名所図会』にも出てくる。
<昔吉良頼康の妾常盤といへる婦人、不義の事ありてこの所に害せらる。然るにその霊里人に祟す。依つてその霊を弁天に崇め、その腹に出生の男子を若宮八幡と崇め奉るといふ。何れも上馬牽沢村(世田谷区上馬)にあり>

 常盤は頼康の重臣だった奥沢城主、大平出羽守の娘。清楚な美しさは奥沢名産の鷺草に譬えられた。そのため他の側室たちの嫉妬の的になり、無実の罪を着せられて僅か19歳で落命したという。常盤の墓といわれるものが常在寺(世田谷区弦巻1丁目)にあり、上馬の駒八幡神社には常盤を祀ったという厳島弁天がある。

 『江戸名所図会』には常盤塚付近の「常盤橋」の挿絵が入っている。著者の斎藤幸孝とみられる人物が、振り分け荷物に脚絆という旅装で村人に話を聞いている。当時は都心から世田谷を訪ねるのは旅だったことがわかる。今も塚の所在はわかりにくいので、若林交差点の交番で尋ねた方が安全かもしれない。

 急激な都市化で忘れられかけていた常葉塚は、昭和58年、地元有志の手で整備され、区の史跡に指定された。ソメイヨシノの老樹の下の塚には付近の人たちが手向ける花が絶えない。

(掲載号:06月20日号)