週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

駒沢にできた 初のゴルフ場 いま五輪公園

 イギリス人が3人寄ると、世界のどこにいても、ゴルフ場がつくられるという譬え話があるそうだ。14世紀にはもうスコットランドで現行の競技形式で親しまれていたというが、アメリカでゴルフ・コースが誕生したのは1888年(明治21年)とのことである。

 日本人で最初にクラブを振ったのは誰だろう。井出孫六『その時この人がいた』(ちくま文庫)に2つの説が紹介されている。1つはニューヨークにいた生糸商、新井領一郎の1899年説、もう1つは海軍士官としてイギリスに留学した水谷叔彦の1897年ごろという説である。

 日本で最初にできたゴルフ場は明治34年の神戸・六甲だが、明治の末まで東京にゴルフ場はなかった。

 東京・駒沢にゴルフ場(いま駒沢オリンピック公園)をつくろうと豪腕を発揮したのが横浜正金銀行(現・東京三菱銀行)頭取の井上準之助だった。日本銀行員としてニューヨーク在勤中に面白さを知ったらしい。同書によると、
<井上は自ら倶楽部設立の趣意書をつくり、持ちまえの強引さで、ゴルフのゴの字も知らないような人びとを説きふせて、賛助会員30名をつのり、否応なしに各自2千円の出資金を出させた>

 出資者のなかには伯爵樺山愛輔、三菱財閥の岩崎小弥太、三越社長の朝吹常吉らの名がある。洋行帰りの一部の人しか知らないし、銀行員の初任給が40円という時代である。井上は都心から車で出かけられる駒沢に目をつけ、坪5厘で3万5千坪(約11万5500平方メートル)の借地を決め、大正3年、東京ゴルフ倶楽部をして開場した。

 井上は昭和恐慌時代の蔵相として名を残し、右翼テロの凶弾に倒れた。昭和7年、駒沢ゴルフ場も埼玉県朝霞に移転した。

(掲載号:09月26日号)