週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

元富士が 移転した 氷川神社

 目黒区大橋の山手通りから枝分かれした道路が玉川通りに突き当たった先の岡には、氷川神社が鎮座している。旧上目黒村石川組の鎮守で『江戸名所図会』に「この神の氏子は古へより疫災の患をしらずといひ伝ふ」とある。

 この有り難い神さまは、同書によれば「祭神素戔鳴一座。天正年間甲州郡内上の原といへる地にありしを、加藤氏この地に移り住する頃、産土神なるゆゑにここにこの神を勧請なし奉るといへり」ということで、徳川家康が江戸入りする頃の16世紀末に現在の山梨県上野原から遷座された。現在は天照大神、菅原道真も祭神となっている。

 加藤氏というのは東京都神社庁発行の『東京都神社名鑑』に、甲州武田家の家臣加藤丹後守信重とある。武田氏滅亡(天正10年)によって、加藤氏はこの地に移住することになったのだろう。

 いずれにしろ、400年からの歴史ある神社で、境内は車の往来が激しい玉川通りとは対照的な静かさを保っている。社殿は戦災復興したものだが、昔の面影を伝えるものも残っている。

 玉川通りに面する表口50段余りの石段は文化13年(1816)に建造され、明治38年に改修されたものである。この石段下には天保13年に建てられた「大山道」の石の道標などがある。

 さらに、境内には現在の上目黒の目切坂上にあった富士塚の目黒元富士に祀られていた富士浅間神社が移され、その富士講の石碑も保存されている。

 この元富士のゆかりからか、小高い境内が富士塚に見立てられているのが面白い。表口石段に向かって左手の片隅が登山口となっていて、石段とは別の曲がりくねった細い道が1合目から9合目、さらに山頂の境内まで設けられている。

(掲載号:11月14日号)