週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

武蔵小山商店街と朝日地蔵

 今、営団地下鉄南北線が乗り入れている東急目黒線(旧目蒲線)の武蔵小山駅の東には、アーケードに覆われた商店街が活況を呈している。既に紹介した戸越銀座と共に、品川区内屈指の商店街で三百近い各種の店が軒を連ね、客足がいつも絶えない。

 目黒線が開通したのは大正十二年で、それ以前は野菜畑が広がる純農村地帯だったという昔の姿を商店街に求めることは無理だが、ここを少し離れると所々にその面影が残っている。商店街の北方小山ニ、三丁目付近は昔「戸越村後地」といった所で、後地の名が今も小学校や区の施設などに使われている。

 土地の人の話によると、この辺りは今も戸越八幡の氏子地域で「ここは八幡さまの後ろの地ということで、後地と呼ばれるようになった」そうである。その一画、やはり後地の名が付く交差点の北側、近代的なスーパーに隣接して「朝日地蔵尊」のお堂が建っている。

 祀られている石のお地蔵さまは、江戸時代初期の寛文七年(一六六七)戸越村の念仏講の人たち十六人によって造立されたもので、安産、子育て、厄除けのご利益があるとされている。朝日の名は、世田谷区奥沢の九品仏・浄真寺の開山珂磧上人が仏道修行のため毎日浄真寺から芝の増上寺に通う途中、この地蔵堂付近にさしかかると朝日が昇るのでいつしかそう呼ばれるようになったという。

 堂の前には、正面に「右目黒不動尊 左碑文谷仁王尊道」と刻まれた高さ約一メートルの石の道標が建っている。寛政元年(一七八九)江戸の商人や職人たちが造立したもので「寛政元年銘石造道標」と呼ばれている。この道標はもと道路を挟んで反対側にあったが、道路の改修で現在地に移されたため、右左を示す方向が逆になっている。

(掲載号:05月31日号)