週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
渋谷の空 ゴンドラが行く
イタリア映画の『終着駅』はヴィットリオ・デ・シーカ監督で、53年(昭和二十八年)に製作された。舞台になったローマのテルミニ駅は第二次大戦後に面目を一新して復興完成したばかりだった。だから映画には戦後イタリアの混乱、貧困、復興の姿がある。
評論家、川島三郎著『銀幕の東京』(中公新書)という本がある。残念ながら「昭和二、三十年代の東京の面影を現在の東京に求めることはもう難しい」。だから、この本は「この失われた東京の風景を、当時作られた日本映画のなかに見ていくという、映画による東京時間旅行である」と説明している。
<たとえば五所平之助監督の「煙突の見える場所」(昭和二十八年)には千住のお化け煙突が、成瀬巳喜男監督の「銀座化粧」(昭和二十六年)には埋め立てられる前の築地川が、豊田四郎監督の「如何なる星の下に」(昭和三十七年)には廃止される直前の佃の渡しが、というように>
同書に、かつて渋谷の東横百貨店屋上に設置された空中ケーブル"ひばり号"が紹介されている。松林宗恵監督『東京のえくぼ』(昭和二十七年)のなかで、上原謙と丹阿弥谷津子が乗るシーンが出てくるという。昭和二十六年八月に登場した渋谷名物だったが、
<山手線をはさみ、七階建ての東横デパートの屋上と、四階建ての玉電ビル(現在の東横店西館)の屋上とを結んだオレンジ色のゴンドラは、ビルという都会の山のケーブルとして人気を集めた。ただ、玉電ビルが翌年大増築工事を始めたために"ひばり号"は一年余で姿を消した>
東急としては、百貨店の客寄せも大切だったが、渋谷という盛り場でのターミナル機能の発揮が最優先の課題だった。地上十一階の東急西館に生まれ変わった。
(掲載号:09月27日号)
