週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
法蓮寺は荏原氏の館だった
東急大井町線荏原町駅の北側に鎮座する旗岡八幡神社の南隣には、かつての別当寺八幡山法蓮寺が建っている。日蓮宗の寺で、毎年十月のお会式には万灯や団扇太鼓を持った信者の参詣で大賑わいする。荏原七福神の恵比寿の寺としても知られている。
開山は鎌倉時代中期、日本が蒙古来襲の脅威にさらされていた文永年間(一二六四−七五)のことと伝えられ、八幡太郎義家の子孫というこの地の豪族荏原氏と深いゆかりがある。というより、荏原氏の館に創建された寺だった。
「こゝに荏原郡の領主荏原左衛門尉義宗と云ふ人あり。(姓は源にして即ち八幡太郎義家朝臣の遠裔なり)代々この地を禄す、依つて中延を氏とし又この所に館せり」
『江戸名所図会』の「中延八幡宮」、現旗岡八幡神社に関する記述で、荏原氏が八幡神社と法蓮寺が建つ地に館を構えていたとしている。
義宗は日蓮上人の教えに帰依して、末子の徳次郎を日蓮の高弟日朗に弟子入りさせた。朗慶で、彼は後に越中阿闍梨と称された高僧になり、父の館の地に建つ法蓮寺の開祖と伝えられている。
館には、義宗が先祖から受け継いだ八幡の神像が既に祀られていた。旗岡八幡で、こちらのほうが法蓮寺よりやや歴史がふるそうだが、神仏習合時代のことであり、法蓮寺開山と同時に八幡神社も創建されたとしたほうが妥当だろう。
八幡さまはもともと源氏と縁の深い神さまだが、荏原氏が支配した旗の台、中延地区はとりわけ源氏との関係が深かったようである。中延には小字として「源氏前」という珍しい地名が近年まであった。
(掲載号:10月11日号)
