週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
本尊は 寝釈迦 安養院
東急目黒線の不動前駅西方を南北に走るかむろ坂の由来については以前紹介したが、この坂の南端の十字路を西へ入るとやがて目黒不動の参道に出る。その途中、右手に安養院という寺が建っている。ここはまだ品川区で、西五反田4丁目になる。
『江戸名所図会』に「臥竜山安養院」とあって「能仁寺と号す。…天台宗にして滝泉寺に属せり」と記されている。滝泉寺とは目黒不動尊のことである。
安養院の本尊は釈迦涅槃像つまり亡くなって横たわっているお釈迦さまで、そのため「寝釈迦寺」とも呼ばれた。『図会』には「寝釈迦堂」として挿絵も載っている。
創建は平安時代と伝えられるが、永い間衰退していて寛永元年(1624)木食唱嶽によって再興された。彼は彫刻家でもあり、本尊も制作した。しかし、これは安永9年(1780)本堂と共に火事で焼け、文化14年(1817)に再造された像は戦後の作である。
山門と、栃木市の定願寺から移築された観音堂は江戸時代のものである。
堂横には石造念仏供養と宝篋印塔が建っている。正面に「南無阿弥陀仏」と刻まれている念仏供養塔は高さ3.6メートルで、延宝3年(1675)庚甲講の人たちによって造立された。宝篋印塔は貞亨4年(1687)の造立で、高さが3.5メートルある。
山門を入った左手には「和欄矮躯玄雋之霊」と刻まれた墓石がある。南山老公という本名不明の愛犬家に可愛がられていたオランダ渡りのチンの墓で、文政11年(1828)に建てられた。
本堂地下には、安養院美術館が設けられている。仏像、曼荼羅、教典、工芸品などの北インド、チベットの仏教美術を展示しているもので、高校生以上は有料。
(掲載号:11月29日号)
