週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

恵比寿に 商売繁盛の 新天地

 JR山手線の恵比寿駅から電車の線路沿いに伸びるスカイウォーク (動く歩道) で南へ向かうと、恵比寿ガーデンプレイスが広大な台地の上にあることがよくわかる。

 恵比寿ガーデンプレイス内のサッポロビール本社地下一階に設けられた 「恵比寿麦酒記念館」 を訪ねると、ビールの歴史や製法だけでなく、郷土史資料も豊富に展示してある。明治20年 (1887) に前身の日本麦酒醸造がここに工場用地を定めた理由も具体的でわかりやすい。

 まず製造したビールを貯蔵するには気温の安定した地下室が必要で、強固な地盤を持つ台地が向いていた。事実、大正12年の関東大地震の際にもここの被害はわずかだったという。

 さらに、付近を流れる三田用水が水量の豊かな清流なのが魅力だった。三田用水は玉川上水の分流で、全長約8.5キロ。いまの京王線笹塚駅付近で分かれて、ほぼ渋谷、目黒両区の境界を南流する。古くは飲料水、江戸時代中期からは農業用水として駒場、代官山、三田、白金などの村々を潤してきた。

 水質保全のため、昭和に入ってから用水の暗渠化が進み、その清流を見ることはできなくなったが、かつては二つの工場貯水池が満々と水を湛えて周囲の桜を映したという。

 明治23年、ここで恵比寿ビールが誕生する。恵比寿さまは漁業や海上安全を司り商売繁盛を呼ぶ七福神でおなじみ。むろん商売繁盛を願っての命名だった。山手線に恵比寿ビール専用出荷駅として停車場が開設されたのは明治34年のことで、同39年から旅客取扱も開始、恵比寿駅になった。企業名から駅名が生まれたのである。

 百年の歴史を刻んだ工場は千葉に移転、平成6年、跡地に恵比寿ガーデンプレイスがオープンした。

(掲載号:01月27日号)