週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
柳の清水 大井の 水神社
水琴窟の品川歴史館と大井の総鎮守鹿嶋神社の間の道を東、第一京浜国道の方へ進みJR東海道線、京浜東北線のガードをくぐると、左手に小さなお宮が鎮座している。九頭龍権現を祀る大井の水神社である。鳥居前には、柴を背負いながら読書をしている年配者には懐かしい二宮尊徳像がなぜか建っている。
境内の黒っぽい溶岩が積み上げられた上にある龍の口から、御手洗の水が流れ落ちている。その隣にある少し低い溶岩の積み上げの中に祠があって祭神が祀られている。
狭いながら池もある。かつては自然の涌き水が流れ込んでいた。武蔵野台地の末端に当たるこの付近は、地下水が涌き出る地形になっていたのだろう。
しかし、涌水は付近の都市化に伴って昭和50年頃には止まってしまった。現在、御手洗や池の水には水道水が使われている。
この水神は、江戸時代初期の貞享年 (1685) 農業用水の潤沢を願って、大井村の桜井伊兵衛、大野忠左衛門の二人が願主となり祀ったのが始まりと伝えられている。間もなく、ここに柳の大木が生えていたため 「柳の清水」 と呼ばれるようになった。
清水は干ばつでも枯れることがなく、日照りが続くと、近郷の農民はここに集まって雨乞いを祈願すると同時に、清水を田畑へ運んだという。何より水が大事だった農民にとって、柳の清水は貴重な涌き水だった。また、清水は歯痛にもご利益があるといわれていた。
今、南大井5丁目となっているこの地は、昭和38年まで 「大井水神町」 といった。小さなお宮でも、地もとの人にとっては大きな存在だった。
水神社の南には、水神公園が線路沿いに延びている。公園内を進めば、JR大森駅東口に出る。
(掲載号:02月03日号)
