週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

多彩な 石造物 徳蔵寺

 JR山手線五反田駅西口から線路が通る土手に沿って目黒方面に向かい、上を首都高速道路が走る広い道路を渡った先の台地上に寺が建っている。長命山徳蔵寺で、鉄筋コンクリートの建物から受ける感じとは裏腹に戦国時代の天正年間(1573−92)開山という歴史の古い寺である。

 元は台地下にあったが、道路の拡張で昭和40年現在地に移った。境内に今も珍しい石造物が多く保存されている。

 まず、植え込みの周囲にある石の集団に注目したい。一見変哲のない自然石だが、石の一つ一つに神社名が刻んである。日本諸国社号等標石群と呼ばれているもので、「房州一宮洲崎大明神」など諸国の一宮の名が読み取れる。元は日本六十六州総ての社号が揃っていて境内に散在していたというが、現在は四十三基が残って一か所に集められている。何のために造られたのかはっきりしないが、室町時代に始まって江戸時代に盛んになった六十六部廻国巡礼の民間信仰にかかわるものとする説が有力である。

 地蔵像も二体建っている。一つは座像で「三輪地蔵」と呼ばれる。元文3年(1738)下谷長者町の医師吉川栄順が妻の江戸城大奥の老女三輪の菩提を弔うために建てた。腫れ物や虫歯の痛みを治すご利益があるといわれている。

 高さ1.65メートルもある立像のほうは、貞享4年(1687)に造立された。眼病治療に霊験あらたかで、治った人は塩を奉納することになっていて「塩地蔵」の名がある。

 庚申塔も五基ある。中でも一番大きな板碑型のものは寛永12年(1635)の銘がある。他の四基は延宝5年(1677)から元禄2年(1689)にかけて造立された。五基とも、元はここから南へ二百メートル余りの目黒川に架かる谷山橋の近くにあったものだという。

(掲載号:04月27日号)