週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
懸泉と 鉄砲石の 氷川神社
塩かけ地蔵がある安楽寺の西隣りには、氷川神社が鎮座している。元は安楽寺が別当で、桐ヶ谷村の総鎮守だった神社である。参道の両側には品川区の保存樹に指定されているクスノキやケヤキの大木がそびえている。
本殿は参道から突き当たりのきざはしを上った台地上にあって眺望がよいが、神社の名物は下の参道にある。
きざはし脇の本殿下に当たる崖の部分には、ちょろちょろ水が流れ落ちている。そこは、かつて「氷川の懸泉」とか「氷川の滝」といわれた。
この辺りは大井付近と同じように武蔵野台地の末端に当たり、湧水が多かった。氷川の滝もその一つで、滝というより湧き水が崖からこぼれ落ちているようなものだが、昔は現在より流量がはるかに多く滝とはいえなくもなかったのかもしれない。飲料水として貴重な存在だったことは想像に難くない。
明治末年に書かれた『東京年中行事』には「滝浴み」の項がある。著者の若月紫蘭は「七月に入って、梅雨が晴れて、天気が定まって本当に暑くなると、方々の滝では滝開きをする」と書いた後、東京市内や近郊の滝の名を次のように挙げている。「12社熊野権現の滝、目黒独鈷の滝、渋谷朝霧の滝、桐ヶ谷氷川の滝、王子の不動、稲荷、権現、大工、名主の五滝、田端、道灌山の滝であるが、中にも角筈の12社、王子、目黒不動のそれなどは殊に名の知れたものである。」
この中の氷川の滝も、近在からの涼を求める人たちでそれなりに賑わったのだろう。
滝の前方には、平べったい大きな石が置いてある。表面にところどころ、へこみが見られる。幕末、勤皇の志士が品川宿の料理屋観桜館の庭で鉄砲の練習をしたときに標的にした石といわれ、「鉄砲石」の名がある。
(掲載号:06月01日号)
