週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

渋谷氷川神社いまも神域は『図会』のまま

 『江戸名所図会』の魅力は、たぶん挿絵にある。面白いことに作者と絵師がその挿絵にちらりと姿を見せる。

 『江戸名所図会』は、神田雉子町(いまの千代田区神田小川町、神田司町付近)の名主・斎藤幸雄、幸孝、幸成の三代が完成した江戸のガイドブック。祖父の幸雄が寛政十年(一七九八)に出版許可を得たものの翌年に他界したため、その養子幸孝が遺志を継いで編集を続け孫の幸成が天保五年(一八三四)に前編の刊行にこぎつけた。後編の出版は天保七年のことである。

『江戸名所図会』の特色は作者と画家が時間を惜しまずに現地に出かけて取材しているところにある。とりわけ安永元年(一七七二)生まれの幸孝と同七年生まれの画家・長谷川雪旦は息も合ったようで、近郊への取材旅行を何度か試みたらしい。

 たとえば巻之三の「常磐橋」(世田谷区三軒茶屋付近)の挿絵では、振り分け荷物に脚絆という旅姿の幸孝が農家の母子を相手に土地の話を熱心に聞き込んでいる。幸孝らしい人物が見られるのは十か所近くになるというが、はからずも雪旦のスケッチが土地柄や風俗とともに幸孝の取材ぶりを描き残したのである。

 画家の雪旦自身も登場する。やはり巻之三「柳の井」(千代田区紀尾井町)の場面で、黒い羽織の憎体(雪旦)が後ろ姿を見せている。清水の涌き出る井戸を丹念に調べていて、人物との比較で井戸の大きさがよくわかる。

 同じ巻之三に「渋谷氷川明神社」(渋谷区東二丁目)が紹介されている。
〈渋谷川の端にあり。相伝ふ、右大将頼朝卿の勧請なりと。則ちこの地の産土神にして祭礼は九月廿九日なり。この日社前にて角力を興行す〉

 いま氷川神社を訪れると、神域が雪旦の描いた挿絵そっくりで感動する。

(掲載号:08月31日号)