週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

隣家が見えた仮御所

 天皇陛下が皇太子時代に、一度だけ"銀ぶら"に出かけられたことがある。学習院高等科三年に在学中の昭和二十七年二月末のことだった。吉田伸弥『天皇への道』(読売新聞社刊)によると、「電車に乗ってみたい」という皇太子のご希望に同情した学友の橋本明、千家崇彦が同行したという。

 <目白駅で二十円の切符を三枚買い、明仁親王もそのうちの一枚を改札口で切らせて三人は山手線の内回り電車に乗った。車内はかなりこんでいて座れなかった。扉の前の銀色の柱を背に明仁親王はにこにこして嬉しそうだった>

 当然、警衛陣は大騒ぎになり、銀座の洋菓子店でつかのまの自由を経験されたあと、私服警官の遠巻きの輪のなかに入り、三人ともあとで厳しい注意を受けた。「ローマの休日」の日本版だが、陛下はその後、周囲に迷惑を及ぼすような行動は慎まれた。

 陛下の当時のお住まいが渋谷区常磐松町(現・渋谷区東四丁目)の東宮仮御所だった。陛下は二十五年二月から赤坂に東宮御所が新築される三十五年六月までここで過された。仮御所は戦前の東伏見宮邸だった古い二階建て洋館で、窓からは町の屋根が見えた。陛下が一般の人々の住居の見える所にお住まいになるのは初めてだったという。

 このころ皇太子の英語教師だったバイニング夫人が興味深い記録を残している。夫人は「皇太子殿下のために、より広い世界に向けて窓を開けていただきたい」と懇望されて来日している。
<殿下は最初から明らかに新しいお住まいがお気に入りのご様子だった。同級生の一人にむかって(中略)いわゆる御殿ではなく、普通の邸宅で、また「古い」家だから好きだとおっしゃったという>

 ここは、いま常陸宮邸として使われている。

(掲載号:12月21日号)