週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
静寂な空間千駄ヶ谷の国立能楽堂
相撲や寄席で中入といえば途中の休憩のことを言う。これは能から出た言葉で、役者が扮装を替えて再登場するために、いったん橋懸りから退場するからである。
能の舞台は独特である。舞台と観客席とのあいだを仕切る幕はない。相撲の土俵と同じように、観客席のなかに屋根付きの舞台が設けられる。これは薪能などでもわかるように、本来の能舞台が野外であったり寺社の拝殿などを利用したりしていたからで、劇場のような大きな建築物のなかに能舞台を収める建築様式は明治以後のものである。
現存する最古の能舞台は京都の西本願寺北能舞台で、天正9年(1581)に建造され、徳川家康が同寺に贈ったと伝えられている。むろん屋外に独立して建てられており、国宝に指定されている。
東京の渋谷区千駄ヶ谷4−18−1にある国立能楽堂は昭和58年に建設された。古典芸能ファンや関係者のあいだで待ち望まれていたもので、建設費用は当時の価格で45億9000万円だったという。
設計に当ったのは香川県立文化会館などを手がけた大江宏氏で、西本願寺の舞台はもちろん江戸城内に設けられた能舞台の記録などを丹念に調べなおし「桃山期において完成されていた野外での観能空間の伝統を如何にして屋内に顕現しうるか」に苦心したと述べている。
江戸城の能舞台を調べると、橋懸りが非常に長く、しかも舞台との斜め付けの角度が深いことがわかった。これにできるだけ近づけるため国立能楽堂は現存の最長例よりも長い13メートル50センチの橋懸り、また舞台への取り付き角度26度で設計したという。
鉄筋コンクリート2階建ての外観も清楚で、内部の能舞台へ引き込む静けさと緊張感が伝わってくる。
(掲載号:05月06・13日号)
