週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
鈴ヶ森 発祥地の 磐井神社
鈴ヶ森刑場跡から第一京浜国道西側歩道を南へ。京浜急行大森海岸駅駅前を過ぎてなおも行くと、右手に磐井神社が鎮座している。東海七福神の弁財天が祀られているお宮で、所在地は大田区大森北2丁目になる。
『江戸名所図会』 には 「鈴森八幡宮」 として紹介されている。平安時代の延喜元年 (901) に成立した勅撰の史書 『日本三代実録』 などに載っている歴史の古い神社である。
同書には貞観元年 (859) 「武蔵国従五位下磐井神社官社に列す」 とあって、武蔵の八幡社の総社に定められたといわれる。それを証明するように、現在の本殿には 「武蔵国八幡總社」 の額が掲げられている。神社の名は、元々磐井神社だった。それがどうして鈴ヶ森神社と呼ばれたかといえば、神社に伝わる鈴石に由来する。
神社の 『略縁起』 によれば、鈴石は延歴年間 (782ー806) 武蔵国の国司に赴任した石川豊人が神功皇后にゆかりのある石ということで神社に奉納した。たたくと鈴のような響きを発するので鈴石の名があり、 「鈴石のある社の森」 ということから、鈴ヶ森の地名が生まれ、神社の名も一時期そう呼ばれた。
鈴石は今も神社に伝えられているが非公開である。またこれも非公開だが、烏の模様が墨絵のように浮き出ている自然石の烏石も伝わっている。江戸時代中期の書家松下烏石が寄進したもので、両石とも 『江戸名所図会』 に由来が記されている。
境内には、この烏石の由来を記した烏石碑など江戸時代に建てられた石碑がある。なかの一つは 「狸筆塚」 の名があって狸が彫ってある。神社でもなぜ狸なのか不明だそうだが、筆に狸の毛が使われたことに因んだものかもしれない。
(掲載号:07月15日号)
