週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
大正生まれの 工業試験所が 新国立劇場に
京王新線の初台駅 (東京都渋谷区本町1丁目) を降りて明るい地下道を 「東京オペラシティ」 の案内表示に従って歩くと、しゃれた都市空間が出現する。
東京オペラシティは、五十四階建ての超高層ビルである。地下1階から地上4階までが吹き抜けになっている屋内広場のサンクンガーデン、商店街が配置された広々としたアトリウム、そしてガラス屋根に覆われたガレリアが新国立劇場を結んでいる。
新国立劇場は国立の本格的なオペラ劇場をとの期待を集めて建設されたもので、オペラ劇場、中劇場、小劇場の3施設が設けられ、97年10月から国内外の意欲的な公演が開催されている。
この敷地には、かつて工業技術院の東京工業試験所があり、威厳のあるドイツ表現派風の建築物が立っていた。読売新聞社編 『東京建築懐古録』 によると、早大理工学部教授だった吉田享二の設計で、大正12年の建設と紹介されている。吉田は建築学会会長も務めた建築材料学の権威。設計にあたっては欧米にも出張し、本館は特異な五角形の型の鉄筋コンクリート造2階建て (1部3階) だったという。
この試験所が昭和54年に筑波研究学園都市に移転したあと廃屋同然となり、これに目をつけた映画・TV関係者が絶好のロケ撮影地として愛用した。伊丹十三監督『マルサの女』の税務署、熊井啓監督 『海と毒薬』 の往時の九大なども、実はここで撮影されたものだった。むろん、いまではその面影もない。
初台の地名は、2代将軍徳川秀忠の乳母、初台の局がこの地に知行地を拝領して余生を送ったことに由来するらしい。また、駅の所在地となっている本町の地名は、ここが古くは幡ヶ谷地区の中心の幡ヶ谷村だったことにつながっている。
(掲載号:07月22日号)
