週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

新宿−笹塚に 東京初の バス路線

 私鉄の京王線は、首都東京と生糸織物の町で知られる八王子を結ぶとともに、甲州街道の沿道を開発する目的で建設された。

 営業の開始は大正2年 (1913) 4月14日。だが、その日、電車が走ったのは笹塚 (渋谷区笹塚) − 調布間 (約12・8キロ) のみ。他は用地買収が手間どって着工が遅れ、開業当初はやむをえず新宿 − 笹塚間、調布 − 府中間にバスを走らせた。なんとかそれで首都東京と府中までを結んだわけである。

 ところが、この苦肉の策が実は東京で走った最初のバスの発車でもあった。それだけでなく、中川浩一 『バスの文化史』 (筑摩書房) によると、これはわが国で 「市街地交通の手段として乗合自動車が継続的に運用された最初の事例」 という。

 日本で最初のバスは、明治36年 (1903) 1月に広島の横川 − 可部間に登場したが、競合する乗合馬車業者の猛反対に遭って間もなく廃業している。同じ年の春に大阪の梅田 − 天王寺間運行の記録があるが、これは第5回内国勧業博覧会のデモンストレーションだった。そう考えると、ここを走ったのが継続的に運行された最初のバスということになるらしい。

 東京で最初のバスは、米国ビュィック社製 (定員10人) 、英国コマーシャル社製 (同12人) 、伊国フィアット社製 (同16人) と輸入車の混成。当時は道路が極端に悪く、タイヤ・部品でトラブルが続出し、本国から部品を調達するのに2ヶ月もかかる始末で、経営者は音を上げた。

 だから、笹塚から新宿追分 (いまの新宿3丁目、京王電車の始点だった) までの区間工事が完成した大正4年5月、電車の営業開始と同時に、バス営業は中止された。なお、八王子まで開通したのは大正14年である。

(掲載号:08月26日号)