週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

井戸に 由来の 神社名

 江戸時代の鈴森八幡宮、現在の磐井神社が歴史の古いお宮であり、武蔵国の八幡総社であることは前に紹介した。ただ磐井の名は、昔も使われていた。というより、むしろ鈴森より古い神社名だった可能性が高い。

 「不入斗村にあり。 (按ずるに、こゝに不入斗と号するものは、 『和名抄』 に、所謂余戸とあるもの則ちこれなるべし) 祭神、中殿応神天皇 (左殿仲哀天皇、右殿神功皇后) 総社磐井神社とも称せり」

 『江戸名所図会』 の 「鈴森八幡宮」 の記述で、磐井神社とはっきり記している。所在地の不入斗についても説明しているが、簡単に言えば税金の掛からない土地のことで、神社の神田などがそれに当たる。昭和39年まで、神社の辺りは不入斗と新井宿を合わせた入新井という地名だった。 『図会』 は、さらに神社について考証している。

 「按ずるに、当社は 『延喜式』 および当国風土記残編等にも載せて、所謂磐井神社これならん。後世に至り、祭る所の御神も定かならざれば、磐井に因みて石清水正八幡宮を勧請せしなるべし」

 これに続けて、同書は 『武蔵国風土記』 残編の 「磐井」 についての言い伝えを載せている。それによると、磐井は神社の近くにある井戸で、その水を心の正しい人が飲めば清水だが、邪な者が飲むと塩水になる。病気の治療に効験のある薬水としても知られていたというものである。

 磐井の神社名は同名の井戸に由来するもので、今も神社前の歩道の、竹垣に囲まれた松の植え込みの中にある。大田区の文化財で、そばに 「當神社重要縁起 磐井」 と刻まれた石碑もある。元は神社の境内にあったが、第一京浜国道拡幅で神社外となった

 井戸には石野ふたがしてあって、残念ながら水の味はわからない。

(掲載号:09月09日号)