週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
神泉が 生んだ 盛り場
京王井の頭線の神泉駅 (渋谷区神泉町) は、始発渋谷駅の次の駅である。しかし、駅が急斜面の谷間にあって、駅ホーム半ばがトンネルという状態だから、突然閑静な郊外駅に着いた感じで、とてもターミナル渋谷の隣駅とは思えない。
神泉は急行停車駅ではないので各停の電車に乗る。平成8年6月に駅の改良工事が完成し、こざっぱりした近代駅に生まれ変わっているが、それまでは駅ホームが他駅より短くて一部車両のドアは開かないままだった。
神泉という駅名そのものに神秘的な雰囲気がある。むろん地名からきたものだが、その名の通りここには霊験あらたかな湧泉があったという。地名の縁起は、 『新修渋谷区史』 に詳しいが、江戸中期の地誌 『江戸砂子』 に次の一節がある。
<此処に湧泉あり、昔空鉢仙人此谷にて不老不死の薬を練りたる霊泉なる故斯く名付しといふ>
このあたりは、ちょうど西渋谷台地の周縁の谷間で、かつては豊かな湧泉が各所で見られた。神泉駅の北には東急Bunkamura、東京都知事公館、鍋島松濤講演などを含む住宅地が控え、緑と水の由緒を伝えている。
区史によると、付近の遺跡から奈良時代の土師器も出土している。空鉢仙人の存在は不明だが、歴史は古い。江戸から明治半ばのころには霊泉が村民の共同浴場になり、弘法湯と呼ばれて親しまれた。ご利益は村民だけに止まらない。この地が渋谷から世田谷・代沢の森巌寺 (淡島明神) に通じる淡島通りにあったから、淡島参詣の人々がこの弘法湯の湯に立ち寄る。淡島の灸と弘法の湯がコースになった。
ここから隣接の円山町に料理飲食の店が増え、花街ができ、現在の盛り場を形成する一因にもなった。
(掲載号:10月07日号)
