週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
細川家の 下屋敷跡 戸越公園
品川区豊町2丁目に広がる戸越公園は、江戸時代初期の大名庭園の面影を今に伝えている。東急大井町線の同名の駅が最寄り駅で、水と緑の散策が楽しめる。
ここは、寛文2年 (1662) に肥後熊本藩主の細川越中守重利が幕府から拝領した土地を中心にして構えた下屋敷の跡である。細川家では、拝領地の2万3千平方メートル余の他に周囲の土地を取得して11万平方メートルの敷地に約10年の歳月を掛けて数奇屋造りの建物を配した屋敷と庭園を完成させた。
しかし、この屋敷は延宝6年 (1678) 火事で焼け、天明4年 (1784) 以降は所有者も他の大名家を転々とし、明治23年、財閥の三井家の所有となった。さらに昭和7年、同家は現在の公園と隣接の戸越小学校の用地として屋敷の一部を当時の荏原町役場に寄付した。
同年、東京市域拡張で荏原町は荏原区となり、2年後東京市が公園として整備、同15年に開園した。さらに同25年、都から現品川区に移管、現在に至っている。
現在の公園の面積は1万8千平方メートル余で、そのうちの約1割が中心の池の広さに当たる。大名家などの所有だった頃と比べ、規模はかなり縮小されているわけだが、池の他に丘陵、渓谷、滝などが配され、回遊式の大名庭園の面影を十分に残している。さらに区では、伝統の大名庭園に似合うよう、平成3年東門として冠木門、翌年正門に薬医門を建てた。薬医門は本来医師が出入りするための門だったようだが、木造瓦葺きの堂々とした建築である。
公園の近くには、国立国文学研究資料館がある。前身は文部省資料館、さらにその前は三井文庫だった。ということは、ここも細川家の屋敷だったわけで、大名の勢威のほどが偲ばれる。
(掲載号:11月18日号)
