週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
戸越の 起こりと 八幡神社
本家の銀座からその名をもらった戸越銀座の東端に近い通りの南裏には、戸越八幡神社が鎮座している。戸越銀座の賑わいとは対照的に境内には多くの大木が茂り、森閑とした雰囲気を漂わせている。
『江戸名所図会』 には 「戸越村鎮守なり。天文年間の鎮座なりといふ」 とある。江戸時代以前の16世紀半ばの創建ということだが、地元ではそれより少し前の大永6年 (1526) と伝えられている。
言い伝えによると、昔この辺りは相模、伊豆方面へ向かう道が通っていた。しかし人家は少なく、旅人の休む場所がなかった。そこへ行永という僧が成就庵という草庵を結び、泉からわき出る清水を旅人に施し始めた。この善行に感応して泉から出現したのが八幡大菩薩像だったという。
像は当然成就庵に祀られた。これが神社と、今も神社に隣接してある昔の別当寺・行慶寺の起源であり、成就庵を詠んだ古歌が戸越の地名の起こりと伝えられている。 「江戸越えて清水の上の成就庵願ひの糸のとけぬ日はなし」 というもので、 「戸越の地名の起り碑」 というこの歌が刻まれた石碑が境内に建っている。戸越は江戸越えの意味というわけで、戸越は初め 「とごし」 ではなく 「とごえ」 とよばれていたらしい。江戸時代、このお宮は疱瘡・天然痘の治療に効験あらたかだと信じられていた。
「当社境内の小石を疱瘡の守とす。霊験ありとて土人これを拾ひ取つて帰る」 と 『江戸名所図会』 にも記されている。他に、神社が行う湯立て神事の湯を浴びても効き目があったという。
現在の社殿は安政2年 (1855) の建築で、拝殿には大小20数枚の古い奉納額が掲げられている。左右の狛犬には延享3年 (1746) の銘があり、品川区最古のものとされている。
(掲載号:12月16日号)
