ホーム > 会社情報 > ライブラリー > 週刊誌コラム > 週刊文春「立ち話」 > 平成13年 [2001年] > 困難であればあるほど燃え上がる建設マン魂


文字のサイズ
  • 小
  • 中
  • 大

週刊誌コラム

週刊文春「立ち話」

困難であればあるほど燃え上がる建設マン魂

 この春、「名四共同溝」建設工事が竣工した。

 今から二年半ほど前、大成建設の合田雅朗作業所長は、九州への転勤のため、東京の本社で待機中だった。

 ところが、会社から指示され、結局、この愛知県名古屋市の現場に赴任することとなった。その理由は「ラッピングシールド工法」という世界で初めての掘削技術を導入するに当たり、どうしても経験豊かな”掘削のスペシャリスト”が必要だったからである。

「喜んで承諾しました。世界でも前例がないという困難な条件の下で仕事をやり遂げられれば、こんな楽しいことはありませんから」

 そう笑顔で語る合田作業所長の旺盛なチャレンジ精神は、すでに小学生の頃から芽生えていたらしい。

 合田作業所長の父親は、故郷の福岡県で社員数十名の建設業を営んでいた。

「将来は親父と同じ仕事がしたい」と考えていた合田少年は、当時「東洋一の吊り橋」と呼ばれた北九州市若戸大橋の建設工事を目にして、そのスケールの大きさにいたく感動したという。

 成長するにつれ、自然を相手に何かをつくる「土木」の仕事に心魅かれていった合田少年は、一九七五年に大成建設に入社。その後、茨城県の霞ヶ浦や埼玉県旧浦和市・草加市の川辺の流域下水道工事に従事したり、東京で都営十号線や営団八号線などの地下鉄工事に携わったりと、地下トンネル建設の先端技術である「シールド工法」一筋の経歴を着実に積み上げていった。 そして、気が付けば掘削距離が延べ約二十kmの経験を持つ大ベテランになっていた。

 「今年五十になりますが、シールド工事ならどんな困難な条件下でもまだ十分戦えますよ」という合田作業所長の言葉には、揺るぎない自信と衰えを知らぬチャレンジ精神が感じられた。

(掲載号:05月03日号)