週刊誌コラム
週刊文春「立ち話」
すべての力を結集して最高の仕事を実現する
息がすっかり上がっていた。足もつりそうだった。
「疲れました? こうして現場を回っていれば、一週間もすれば体重が三キロは落ちますよ」と大成建設の古谷誠一作業所長は笑った。
朝礼を終えると現場を一時間以上かけて回るのが日課だというが、現場に愛着と責任感がなければ真似できない。地下二階から地上九階まである橋本の再開発ビル「ミウィ橋本(mewe)」の現場を、エレベーターも使わずひたすら階段で回り、現場の空気を吸って把握していく。
古谷作業所長がこの業界に入ったのは、まさしく自然の成り行きと言えた。
「父は趣味の大工仕事が大好きで、自力で家に四部屋増築したくらいです。僕も幼い頃から手伝い始め、中学三年の時には四部屋目に当たる自分の部屋を作りました。だからずいぶん前から差し金や墨壺の使い方、ノコギリの目立てに至るまで熟知していましたよ」
そんな「大工仕事大好き少年」は一九七六年に大成建設に入社。名古屋や札幌の現場で経験を積んでいったが、最も印象的だったのは、一九九〇年の「横浜ランドマークタワー」建設のプロジェクトだった。
「二九六mは、日本の技術者が誰も経験したことのない高さでしたので、本社に蓄積された技術データや諸先輩方の経験といった大成建設の持つ総力がフルに結集されました。あの時、建設という仕事にとって、コミュニケーションがいかに大切かを知りましたよ」
そう話しながらも、作業中のスタッフに出会うたびに、挨拶し、声をかけた。
「だから、この現場では、社員も職人さんも必ず名前で呼び合うことにしているんです」と言って、古谷作業所長は胸に付けた名札を指差して微笑んだ。札の名前の横には「心と心のキャッチボール」と書かれていた。
(掲載号:05月31日号)
