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週刊誌コラム

週刊文春「立ち話」

後醍醐天皇ゆかりの地に築かれる船上山ダム

 鳥取県西部、大山隠岐国立公園の中心にそびえる標高一七二九mの「大山」は中国地方の最高峰である。この大山と日本海の間に位置する東伯地区は、県内の農業粗生産額の約二〇%を占め、「スイカ」の大栄町、「畜産」「梨」「芝」の東伯町、「梨」の赤碕町からなる農業地帯だが、火山灰の大地に広がる畑樹園地は水源として地表の川だけに依存していることもあり、古くから干ばつの脅威にさらされてきた。

 そこで、農業用水を恒久的に確保するための国営東伯農業水利事業として、三つのダムの建設が進められた。すでに完成した大栄町の西高尾ダムと、東伯町に建設中の小田股ダム、今回取材した赤碕町の船上山ダムで、この三ダムは互いに密接な関係を持っている。

 西高尾ダムには、建設地の西高尾川のほかに、小田股ダムからも導水路を使って水が供給される。その小田股ダムには、建設地の倉坂川に加えて、赤碕町を流れる勝田川の支流である矢筈川の余水も導水される。さらに、赤碕町の勝田川下流の水田への安定した用水補給を確保するため、上流にダムが建設されている。それが、平成五年三月に着工された船上山ダムである。

 ただ、今回の建設工事には、乗り越えなければならない大きな課題があった。

 船上山ダムの建設地は、旧大山噴火時の凝灰岩が堆積し、岩層の変化に富んでおり強度は大きくない。又、透水性の高い部分があるので、ダム基礎として確実な地盤改良が要求されたのである。

 山肌の緑が鮮やかに萌える五月下旬、現場から見上げた船上山は、その昔後醍醐天皇が隠岐より脱出して籠城した地であり、頂上の荘厳な断崖絶壁は、大自然の大いなる力を誇示する天然の城塞のように見えた。

(掲載号:06月28日号)