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週刊誌コラム

週刊文春「立ち話」

大成建設の総力とジョンへの想いが結実

「熱烈なファンや当時を懐かしむ人たちだけのものにはしたくなかったんです」

 埼玉県さいたま市にある「ジョン・レノン・ミュージアム」の菊池二郎館長は言った。
「ジョンは二十世紀を代表するアーチストですから、彼の偉大な魂は、二十一世紀を担う若者たちにこそ語り継がれなければならないんです」

 この独特のスタンスが成功を収めていることは、来館者の約三〇%というアンケートの回答率の高さとその内容にも表れている。「感動した」「また来たい」などと答えた人の半数が、ジョンが生きていた時代を知らない二十代前半までの若い世代なのだ。

 中でもミュージアムの最後を飾る「メッセージルーム」の人気が高い。真っ白な部屋の中央に巨大な白壁があり、ジョンの作詞から抜粋された三十七の言葉が書かれているのだが、一つ一つのメッセージを味わうように、来館者が見入っている。

 大成建設の開発部に所属していた菊池館長がオノ・ヨーコ夫人に会ったのは一九九八年の秋だった。夫人の許諾を得て後、設計部、法務部、広報部、そして施工部門など大成建設の総力が結集し、世界で初めてのジョン・レノンの公式ミュージアムが実現した。

「ファンでもある社員たちが、部署の垣根を越えて集まり、企画を練り上げたんです。しかも開館したから仕事が終わった訳ではない。成長するミュージアムとして常にお客様の声を反映させていきたいんです」

 当初、大半が日本語だった解説文に英語を増やしたのも、客の要望に応えてのことだ。日本各地のみならず、外国からの来館者も多い。「地元の方々にもどんどん観ていただき、私たちと一緒にこのミュージアムを育てていただけたら理想です」と館長は熱く語った。

(掲載号:08月02日号)