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週刊誌コラム

週刊文春「立ち話」

マスコミ各社が注目した日本初の煙突発破解体

 東京ディズニーランド、幕張新都心など大きな変貌を遂げている千葉県の東京湾岸地域。京葉工業地帯にも世代交替の波は押し寄せ、約四十年間電力供給を続けてきた旧千葉火力発電所もその歴史を閉じた。新発電所に任務を引き渡した旧発電所は大成建設によって現在除却工事中である。

「鉄骨架構より吊り下がっている状態のボイラを支えるボイラ棟は四棟あり、通常のビルとは全く構造が違うので、解体工法も異なります。以前当社で担当した品川火力発電所除却工事の際のジャッキダウン工事で培ったノウハウを更に改良したSSP工法(Safety & Systematic&PullDown)を用いています」(近内滋所長)

 SSP工法とは吊り下がっているボイラをジャッキで地面へと下げながら、不要になった上方のボイラ架構をフロアごとにクレーンで撤去する工法。最後にボイラ下部が所定の高さに定着したら、ボイラ本体・架構低層部の順で解体終了だ。

 多種多様な工程があるなかでマスコミ各社が取材に殺到したのが、昨年十二月二十六日に行なわれた集合煙突発破解体である。

 爆薬を用いた高さ百八十メートルの煙突解体は日本初の試み。鉄塔主柱、斜材、エレベータシャフト仮受け鉄骨を同時に切断するために使用した爆薬は六・六六キロで、爆薬を充填した軟質成形導爆線は、宇宙ロケットや橋梁鉄骨等の切断にも使われるものだった。煙突が倒れる約十秒の間、見守る人々の胸には万感の思いがあっただろう。

「二十六日に行なったのは『サンタクロースがやって来て煙突がないと困るから』という東京電力の小山寛直千葉火力発電所長のご配慮なんですよ(笑)」

 センチメンタルになりがちな発破解体工事を、心憎い言葉で締めくくってくれた近内所長だった。

(掲載号:12月27日号)