週刊誌コラム
週刊朝日「大いに成るほど〜近代化遺産編」
対馬の石壁 : 長崎県下県郡厳原町
春の大潮の頃、日本の各地では「磯遊び」と呼んで磯辺で貝や小魚を採って遊ぶ習慣があったそうだ。
日本人の習俗は海と密接に結びついていた。忘れていた昔の習俗、それを思い出させてくれたのが長崎県対馬一の町厳原だった。この町のバーで「付きだし」に清々しい磯の匂いを漂わす小さな巻貝が出された。何でも、「その日の朝、磯で採ってきた。」と、カウンター越しに店主は話すのである。磯と町が繋がっているのだが、何やらずっと昔の日本がこの島には未だ残っているような気がしたものだ。
この厳原はかつて対馬を支配した宗氏が城を構えていた町で、武家屋敷の跡が今もあちこちに残る。この武家屋敷の周りに巡らされた石垣は、四角い切り石が見事に積まれた分厚い石の壁である。厳原を一言で言えば、「石壁の町」となるのだろうか。
そして、これは対馬全島について言えることだが、石材の扱いが実に上手い。幾棟もの民家が寄り集まった集落では、道の両側に積み上げられた石垣が独特の街路景観をつくり上げている。又、椎根では、対馬で産出される板状の石で屋根を葦いた高床式の建物を倉庫として使う農家が残っている。日本では対馬だけにみられる建築物だ。
対馬の近代化遺産のことを書こうとしたのだが、この島の民家や石垣、自然などのことを次々と思い出し、また。訪れたくなってしまった。
(掲載号:2002年04月19日号)
