週刊誌コラム

週刊朝日「大いに成るほど〜近代化遺産編」

下関市立長府博物館(旧長門尊攘堂)

 恐らく戦前の地方博物館とはこのようなものだということを今に伝えるのが、山口県長府にある下関市立長府博物館本館だろう。この博物館は、元々「尊攘堂」と名付けられた施設だった。吉田松陰は「尊攘堂」なる施設について、彼が刑死する直前に記していた。松下村塾の門下生で維新を戦い抜き明治政府の高官となった品川弥二郎が、後にこの松陰の遺志を知り、京都に尊攘堂(現京都大学埋蔵文化財研究センターの施設として使用)を建てた。

 品川弥二郎は、長門にも尊攘堂を建てようと考えており、維新の戦いに参戦し、また親しかった地元の桂弥一に託した。尊攘堂は桂弥一が長年に渡って建設に力を注ぎ、品川の三十三回忌に起工したもの。場所は、高杉晋作が挙兵した功山寺境内とした。桂は長門尊攘堂のために、勤皇の志士の霊を祭る施設を意図し、志士に関連する資料を集め、さらに毛利家資料、乃木希典資料などを収集した。これが、現在保管され展示されている。

 長門尊攘堂は、昭和8年に竣工。鉄筋コンクリートの建物ながら、和風の外観でまとめられており、落ち着いた印象を与える。設計は、九州小倉に事務所を置いて設計活動を行っていた潮見長彦と言われ、なかなか良くまとまった作品である。  

 地方都市の小さな博物館。木々に覆われた、和洋折衷の瀟洒な建物。そこには、吉田松陰につながる様々な人の系譜と物語がある。

(掲載号:2008年10月24日号)