週刊誌コラム

週刊朝日「大いに成るほど〜近代化遺産編」

大井ダム : 岐阜県恵那市・中津川市

 中央線の恵那駅からタクシーでしばらく行くと、そこは木曽川の中流、恵那峡のあるところといったほうが良いかもしれない。大井ダムはここで木曽川の流れを止めている。ダムの背後に満々と水を湛えた人工の湖水、前には53・4メートルの落差。この落差を利用して発電が行われている。

 止めることが不可能と思われていた木曽川の激流。木曽節にも「男伊達ならあの木曽川の流れ来る水止めてみよ」の歌詞があり、歌詞の通り木曽川の流れを止めてみたのが実業家福沢桃介だった。

 ダムが完成したのは大正13年。大正の初めに長距離送電技術が完成し、山の中の川で電気を起こし都会の消費地に送ることが出来るようになり、それまでただ単に流れていた川の水が金に変わった。中でも流れが速く水量の豊富な木曽川は水力発電の好立地だった。そこに桃介は目を付けた。

 満々と木曽川の水をためてその水で発電する。しかし、洪水で激流となる木曽川にダムを建設するのは並大抵ではなかった。桃介は資金を集め、建設に取り掛かったが、洪水で大量の資材が流されてしまった。また、第一次大戦後の好景気で物価が高騰するなど、幾度も挫折の危機に見舞われたのだった。

 福沢桃介はアメリカにまで出向き資金を調達。言いがたい苦労の末に大井ダムを完成させた。彼の脇には、ともに住んでいた明治一代の大女優川上貞奴の姿があった。貞奴にとっても大井ダムの完成は悲願でもあった。

(掲載号:2007年10月26日号)