週刊誌コラム
週刊朝日「大いに成るほど〜近代化遺産編」
旧登米高等尋常小学校他 : 宮城県登米市
そろそろ梅雨の季節だ。最近は5月の連休頃に田植えをすることが多いが、昔はちょうど今頃、田植えをしたように思う。田植えと言えば、岩手県と仙台の北部を流れる北上川の流域も有名な米どころで、一面の水田が広がっている。
ササニシキやひとめぼれの実る仙台平野の北東部に登米町がある。
もともとこの地は北上川の河口近く、いくつかの河川が合流する水運の要地で、江戸時代には登米伊達氏21000石の城下町が置かれ、明治初期に設置された「水沢県」の県庁所在地だった。鉄道交通の普及とともに登米の水運は廃れたが、繁栄の時代に建てられた歴史的な建造物が残るのである。
旧登米高等尋常小学校は明治21年に竣工した木造2階建て建築である。この建物は明治6年にウイーンで開かれた万国博覧会に日本館を建てるために派遣された大工の一人、山添喜三郎が、帰国後宮城県の技師となり、設計監督した建築として有名だ。
山添は、ヨーロッパの建築をじかに見ていて、この建物は木造ながら本場の西洋建築の雰囲気が漂うのである。昭和56年に国の重要文化財に指定。現在は、保存修復が行われ、「教育資料館」として一般に公開されている。
登米にはこの他、旧登米警察署庁舎(現警察資料館 明治22年 昭和63年県重要文化財指定)、旧水沢県庁舎(現水沢県庁記念館 明治4年)などの明治建築が保存公開されている。
(掲載号:2004年06月18日号)
